『カウンター!』 蛇足・前編

 それにしても師走というのは、どこの誰でも馬鹿みたいに忙しい状況へと追い込まれてしまうもので、かく言う僕もこの12月に入ってからというもの、馬車馬ライクに多忙な日々を送っている。僕は気楽な大学生の御身分なのだが、今月に限ってはコンビニの社員も同然の毎日だ。単位の事は敢えて考えない。とりあえず。
 忙しいのは姉さんにしても同じ事で、仮にも社会人である姉さんは、僕にはよく分からない契約やら手続きやらに忙殺されていた。
 そんなこんなで僕と姉さんはろくに顔をつき合わせる事もなく、今世紀最後の12月を物凄い駆け足で通り抜けた。どうやら姉さんは欲求不満に悩まされていたらしく、夜中に何度か「正月は覚悟してなさいよあんた」なんていう脅迫めいた電話を掛けてきたほどだ。僕は慌てて受話器を叩き下ろし、そうこうしてる間に、
 20世紀最後の大晦日がやって来た。

「メリィクリスマスリトルブラザー! ビバ・サンタクロース!」
 大晦日の7時頃、僕の部屋の扉はボディコン女に蹴破られた。
「……クリスマスはとっくの昔だよ、姉さん」
 ワンルームマンション特有の狭苦しいキッチンに立ったまま、僕は冷ややかな視線を姉さんに浴びせ掛ける。姉さんの頬は少しだけ赤らんでいた。友人との忘年会で、少し飲んで来たらしい。
「んなコト知ってるわよ……お、作ってる作ってる」
 姉さんは玄関のあちこちに置かれたガスコンロやらボウルやらに目を留めると、何とも嬉しそうな顔をした。そう、僕はおせち料理を作っている最中なのだ。自慢ではないが、僕は料理が上手い。
「けど……脚の踏み場もないじゃない」
「仕方ねーだろ。大体、ワンルームのキッチンでおせち作れなんて注文自体が無理くさいんだって。ホットプレートじゃマトモなもの作れないから、わざわざカセットコンロも買ってきたんだぜ。文句は聞きません、とっとと部屋に入ってなさい。ていうか邪魔」
「……はぁい」
 こういう時だけ素直な返事を返して、姉さんは作りかけの料理を跨ぎながら部屋の中へ入っていく。姉さんがコートを脱いでTVを点ける間に、僕はかずのこを始末し終える事ができた。
「そーいえばさ、実家には帰らなくていいのかな?」
「何を今更」と答えつつ、僕は栗金時に取り掛かる。
「いつも面倒臭がって帰らないくせにさ……よし、黄色い黄色い」
 栗金時にはクチナシで色をつける。着色料なんぞ不許可だ。
「ヒロってば本当にマメよね。お嫁に欲しいわぁ」
「お嫁さんじゃないってーの。ほら、勝手に摘み食いしない」
 姉さんが昆布巻きを口に投げ込むのを目聡く見つけ、すかさず僕は叱咤する。年が明ける前に食うなど反則千万の極み。駄目駄目。
 それにしても、とふと僕は思った。独り暮しを経験した男というのは、概して2種類に区分する事ができる。つまり料理に凝る者とそうでない者に、だ。この中間というのは余り見た事がない。片や食材の選定から力を入れるコック紛いの手合い、片や自ら「エサ」と称してはばからない料理もどきを食い凌ぐ連中。僕は前者だ。
 やがて料理も一段落しようかという頃、不意に「キラートマトの逆襲のテーマ」が鳴り響いた。む、僕の携帯電話の着信音だ。
「もしもし。あ、店長ですか……え、今から?」
 素っ頓狂な声をあげる僕の顔に、姉さんの訝るような視線が突き刺さる。電話の内容は単純かつ明快だった。今夜シフトに入るはずのバイトが熱を出して倒れたので、僕に代わってくれと言うのだ。
「途中から鈴木さんが来るし、1時頃まででいいからさ」
 無責任極まりない口調で店長は仰り、僕の返事もろくに聞かないまま電話をお切りになりやがられた。たっぷり30秒ほど、僕は携帯の液晶画面を睨みつけたが、無論それでどうなるワケでもない。
 仕方なく出勤する事になった旨を告げると、
「え、え、ええっ? じゃあ料理はどうするのよ? 年越蕎麦は? 新世紀を迎えるカウントダウンは?」
 姉さんは唇を尖らせて文句を吐き散らした。
「……あきらめて。おせちは戻ってから作るよ」
「やだやだやだやだーっ! やっと仕事が終わったから弟を雑用係なんかにしちゃって平和かつ呑気で唯我独尊な年末年始を送ろうと思ってたのに! 駄目よヒロ、断わんなさい。駄目ったらダメ!」
 いつの間にか干されつつあるワイルドターキーの瓶をぶんぶんと振り回し、姉さんは子供みたいな駄々をこねまくる。はてさてどう言いくるめたものか、と僕は首を捻った。
 そして唐突に思いついたのは、
「……分かった。分かったから、俺の言う事を聞いてよ」
 クリスマスに入手した「秘密兵器」の事だった。

 棚の奥から取り出した「秘密兵器」を懐に忍ばせた僕は、床に列する食器だの何だのを手早く片付けてしまうと、部屋の真ん中へと椅子を置いた。何だか不思議そうな顔でそれを見ている姉さんを、
「はいはい、こっち来てちょっと座んなさい」と呼びつける。
 姉さんは名残惜しげに酒瓶を置くと、膝を揃えて席に着いた。
「何よヒロ、改まってさ。言い訳なんて聞かな……んふゅ?」
 最後の間抜けな擬音語は、僕が姉さんの唇をキスで塞いだ音だ。姉さんは目を白黒させていたが、すぐにその瞼を閉ざす。それではカウント開始、1、2、3、4、5……。
 数秒間で姉さんの肢体はあっさりと弛緩し、頬は酒による酩酊とは別の火照りで赤らみ始める。うむ、姉さんは本当にキスに弱い。僕は傍らに用意した荷造り用の紐で、夢うつつをふらふらと漂っている姉さんをぱぱっと縛り上げてしまった。
「……って、ええっ? なななな何よコレ? ちょっとヒロっ!」
「縛られた途端に我に返るのって、かなり予定調和だよなあ」
 何者かに言い訳しながら、僕は姉さんの縛り具合を確かめる。
 僕は一介の大学生であって「縄師」なんぞでは決してないので、縛ったとは言っても大した事はない。姉さんの両手両足を、椅子の肘掛けに括りつけただけだ。紐は左右一本ずつの二本で、どちらも手首と足首をひとまとめにした上で、肘掛けへと縛りつけてある。結果として姉さんは、大股開きの恥ずかしい格好だ……体勢がよく分からないって? こういう縛り方だと、体勢はおのずと決まってしまうものだ。お暇な方は、ちょっとだけ試してみてはいかがか。ただし、家人の目にはお気をつけてな。
「という訳で、言う事聞かない悪い子には、極寒の漂泊者ナマハゲも吃驚なデーンジャラスお仕置きを大執行です」
「なによそれっ、こんな事してただで済むと思ってないわよね!」
「だろうね」と答えつつ、僕は懐から「秘密兵器」を取り出した。小さく丸いプラスティック。色はもちろん、お約束のピンク色だ。
「うあっ! あんたどこでそんなモノををを!」
「どうでもいいけど、さっきから感嘆符が多いよ、姉さん」
 僕は姉さんを軽くたしなめながら、「秘密兵器」ピンクローターを催眠術師の振り子みたく、ゆらゆらと揺らして見せた。姉さんの顔から血の気が引く。ほろ酔い気分も醒めたに違いない。
「クリスマスの福袋に入っててさ。せっかくだから使おうかなと」
「せっかくだから、じゃないわよ! 何がクリスマスの福袋よ!」
 僕は無言で、ローターのコントローラーを指し示した。そこには妙にメルヘンチックなサンタの絵がプリントされていて、
「メリークリスマス」ではなくて、
「メリークリトリス」とロゴが入っていた。
「そ、そんなオヤジギャグなんかで、あたしは笑わないッ!」
 寒すぎるネタに堪え兼ね、姉さんは猛々しく咆哮する。
「……ま、そりゃそうだわ」
 こんなベタなネタで笑えるような肉親なんて持ちたくないです。僕はひっくり返されたカエルみたく大きく広げられた姉さんの股間に手をやった。ちなみに、本日の下着の色は黒だった。何と言うかまあ、実に姉さんらしくはある。
「や……だっ、この紐ほどきなさいよ……ね、ねえってばっ」
 僕は応えもせず、ショーツの脇からそっと指を潜らせた。下着の内側は火照った肌の熱に蒸れていたが、まだ潤ってはいない。僕はもう一度キスしながら、姉さんの花びらを揉みほぐしていく。
「んむぅ!」と、抗議めいた唸り声が姉さんの喉から唇を伝って、僕の前歯を震わせる。その響きは、やがて甘い音色へと変わった。頃合だと判断した僕は、改めて「秘密兵器」を構える。
「それでは、お待ちかねの時間です」
「まっ、待ってないわよ、馬鹿っ!」
 例によって耳など貸さず、ローターをショーツの下へと滑り込ませる。指よりも冷たいプラスティックの感触に、姉さんは少しだけ腰を引いた。花弁の狭間に宛てがってから軽く押し込んでやると、ローターは吸い込まれるみたいに、姉さんの中へと入っていった。
「これで退屈せずに待ってられるよね? じゃあ俺はバイトに」
「あ……あんた、お姉ちゃんを騙したのね、ヒロっ!」
「まあまあ、そう言わずにさ。電池もCMで『持続力抜群!』とか言ってるヤツ入れといたから。多分1時頃には戻るよ……あ」
 ものはついでだ。僕は棚からアイマスクを取り出して、姉さんに目隠しをしてしまった。おお、実に非の打ち所なき放置プレイだ。
「ちょっとヒロ、あんた覚えてなさいよッ、こんな……ああんっ」
 ローターのスイッチを入れると、姉さんの罵声は途切れた。
「こんな……ふぁ、止め……あ、うあっ」
「じゃあま、そういう事で行って来ます。火の元には注意してね」
「ばっ、馬鹿ヒロ、死んじゃえっ! ……ひう、んああっ!」
 行きがけにコントローラーのつまみを「強」に合わせてから、僕はアパートを後にする。流石に、戸締りには細心の注意を払った。

 そんなこんなで、僕は新年を職場で迎える羽目になった。呆れた事に、世紀が変わろうという瞬間にもコンビニには客が居て、僕はレジのキーを叩きながら21世紀を迎えてしまったのだが、
 あ、いや、それを言うなら姉さんは、ローターを咥え込んだまま新世紀を迎えた訳だ。アパートに帰ったらどうしたものか、などと要らぬ事を考えて胸躍らせつつ、僕は仕事を続けた。

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