『レディメイド・クロウジーズ』 01

[ready-made]
お仕着せのもの。既製品。

[clothes]
衣服。夜具。

 こつこつ、こつこつ。
 土曜日の午後。カーテンの向こう側で、窓ガラスが音を立てた。ベッドに寝転がって参考書とにらみ合っていた俺は、ひょいと手を伸ばしてカーテンを引き開ける。すると布地に遮られていた日光と一緒に、聞き慣れた声が部屋の中へ飛び込んできた。
「こんにちは、和樹」
 背中まで伸びた癖のない長髪、涼しげな淡い色のワンピース。
 ベランダに円香が来ていた。こいつはウチの隣に住んでる、世間一般では「幼馴染み」に分類される生き物だ。
「……ねえ、早く開けなさいったら」
 一昨日にも「頼むから玄関から入れ」って言い聞かせたんだが、円香は十年近い伝統を誇るこの訪問法を改める気はないらしい。
「ちょっと和樹、何ぼーっとしてるのよ」
 ぼーっとしているのは駄目らしい。なので俺は参考書へと視線を戻す。すると円香は窓ガラスにノックを浴びせつつ、ひどいひどいと文句を言い始めた。それなら玄関から入ってこいよ、などと思いながら英単語の列に目を滑らせていると、
「あ、こんにちは。今日もいいお天気ですね」
 円香は通りすがりのご近所さんと、呑気に挨拶なんぞ投げ交わし始めた。俺は大慌てで窓の錠を外し、円香を中に引っ張り込む。
「最初から素直に開けてればよかったのよ、ばーか」
 円香は唇を尖らせて言い放った。悔しい限りではあるが、今回は俺の負けだ。俺は深々と溜息を吐いた。
「……あれ、ひょっとして勉強中だったの?」
 絨毯に「お嬢さん座り」した円香は、ベッドの上に転がる参考書に目を向けた。俺がわざとらしく大きく頷いてみせると、
「期末前だしね、今度は赤点取らないように頑張りなさいよ」
 円香は嬉しそうな口調で、痛い所を突いてきた。校内でも上位の円香とは対照的に、俺の成績はあまりよろしくない。中でも英語は鬼門だ。この前の中間テストなんかは酷い有様だった。
「努力はするけどさ……今度の先生、作文とか採点厳しいしなあ」
「でも貴重な夏休みを、補修なんかで減らしたくないでしょ?」
 それは確かにそうなのだが。
「……英語の特訓、してあげようか? 哀れな和樹を、私の学力で補修地獄から救い出してあげるわよ。感謝しなさいね感謝」
 学校やご近所では「いいトコのお嬢さん」的な見方をされている円香だが、こういう物言いは実にキツい。
「まだ赤点って決まったワケじゃねーだろ」
「いーえ、確定したようなものね。和樹は英語力、皆無だから……この前の授業でも三人称単数現在形のs忘れてたでしょ、ばーか」
 円香は「準備してくるから」と言い捨ててベランダへ戻る。俺はその背中に向かって「あのさ」と呼びかけた。
 円香はぴたりと足を止めて、怪訝そうに振り返った。
「なんかウチの親父、出張で明後日まで帰ってこないって」
 色の白い円香の頬が、みるみる紅く染まっていく。円香は真赤に火照った顔を伏せながら、こくりと頷いてみせた。
「あ……は、はい。わかりました」

 俺と円香は、小学校に上がる前からの幼馴染みだ。
 ウチの母親が親父の浮気に愛想を尽かして出ていく前まで、円香はウチによく預けられていた。円香の両親は偉い学者さん夫婦で、昔から娘を家に残したまま、研究とか公演とかのために日本中を西へ東へと飛び回っていた。
 小学校の頃には、俺も円香も典型的な「鍵っ子」になっていて、互いの家を訪れては時間を潰し、親の帰りを待っていたものだ。
 中学校にもなると、親の不在は開放的にさえ思えるようになっていたが、俺と円香はなんとなく一緒に行動していた。口の悪い女子なんかには「お人形さんと犬」なんていう不名誉な仇名をつけられていたくらいだ。俺たちの腐れ縁は「終わってないから続いてる」というような調子で、高校に入ってもだらだらと続いている。
 いや、ひとつだけ劇的な変化があった。
 今年の春の出来事だ。あの日から、円香は俺のモノになった。


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