『レディメイド・クロウジーズ』 03

 それは雑誌の切抜きだった。
 いかにも素人らしい中途半端なピントと構図で撮影された数枚の写真が載せられていて、それぞれに短文の解説がついている。
 落ち着け、と自分に言い聞かせながら、俺は写真を順番に眺めていった。こういう類の雑誌は何度か読んだことがあったので、そこに載せられている写真が何なのかは自ずと理解できた。
 落ち着け、と俺はまた自分に言い聞かせた。いつの間にか唾液が涸れていて、乾き切った喉がひりひりした。息苦しかった。
 いちばん大きな写真に目を向ける。
 暗い背景の中に少女のバストアップが写っていて、その顔は黒い目線で塗り隠されていた。写真の中の少女は、撮影者と思われる男のズボンからペニスを掴み出して、モザイクで修正された亀頭に唇を被せていた。

『従妹のMです。幼い頃から「お兄ちゃんお兄ちゃん」とよく私に懐いていたのですが、モノの試しと処女を頂いたところ、隠されていたマゾ性癖がみるみる開花。今では口膣尻の三つ穴で私の肉棒を咥え込む、可愛い牝犬に成長してくれました』

 俺はそのキャプションを何度も何度も読み返した。
 何かの勘違いじゃないか、読み間違えたんじゃないか、誤植か、写真の指定違いか、たちの悪い悪戯か、俺の目の錯覚か、
 もちろん、答えはひとつしかない。
 これは円香だ。

『アナル拡張修行中のMです。キツかった肛門もすっかり広がり、写真のように楽々バイブも咥え込めるようになりましたが、本人はまだお尻では本格的にイケないので悔しいと言っています。用意が整ったら、浣腸とかも試してみる予定です』

 俺はページをめくった。次のページにも、その次のページにも、淫らな痴態をさらけ出した円香の投稿写真が綴じられていた。俺は何かに憑かれたかのように、それらを執拗に読み通していった。

『日帰りで湯治(年寄りくさいですね)に行ったときの写真です。昼前に旅館へ着いてから夜までハメ続けた後、例の露天風呂で撮影を行いました。周りに人が居ないのをいいことに、こんな放尿写真まで撮ってしまいました。旅館の女将さんゴメンナサイ(笑)』

 どれも目線で隠されていたが、俺には円香の表情が手に取るように分かった。それは俺が円香と一緒だった十余年もの付き合いで、一度たりとも目にしたことのない「女」の表情だった。

『あけましておめでとうございます。正月に両親同伴でやって来たMの振袖姿をご覧ください。実は膣と尻にローターを飲み込ませてあります。このまま初詣に向かいましたが、我慢し切れず私の車の中で新年早々カーセックスをせがんできました』

 俺は助けを求めるような思いで、円香の顔を見た。だが円香は何も言わず、ただそっと首を振るだけだった。円香の顔は凍りついてしまったかのように、まったく感情を現さなかった。

『以前にリクエストのあった中出し画像です。誌上では修正されるので詳細は見えない(笑)と思いますが、絶頂後の開いた膣から、Mの本気汁と混ざった私の精液がこぼれ出しているところです。次は余りモザイクの要らない写真を用意しますので、御容赦を』

 俺は結局、最初から最後のページまで、そのスクラップブックに綴じられた雑誌の切り抜きすべてに目を通した。数十枚に及ぶ写真の中で、黒い目線を被せられた円香は、
 思いつく限りの体位で貫かれ、到るところに精液を浴びせられ、大小様々な器具を咥え込み、見るも卑猥な衣装を身に着け、貪欲にペニスへしゃぶりつき、野外で白い裸身をさらし、自ら膣と肛門の入口を押し広げ、男の指戯に股間から潮を迸らせ、そして、
 そして、円香は笑っていた。
 目を背けたくなるような痴態を捉えた写真の中には、円香が自然に笑っているだけの写真も紛れ込んでいた。欲情に唾液を垂れ流す写真の真横にあってさえ、それは驚くほど嬉しそうな笑顔だった。
 円香はこの従兄のことが本当に好きだったのだ、と思った。
 俺は、こんな風に乱れる円香を見たことがない。
 俺は、こんな嬉しそうな円香を見たことがない。
「……帰るよ」
 読み終えたスクラップブックを閉じて円香の方に押しやると、俺は立ち上がって窓へ向かって歩き始めた。すると円香が、
「待って」と俺を背中から呼び止めてきた。
「和樹……どうして、何も訊かないの? どんなつもりで、こんなもの見せたのかって訊かないの? ねえ、和樹っ」
「……何をどう訊いていいのか、分からないんだよ」
 背を向けたまま、正直に答えた。頭がおかしくなりそうだった。つい先週まで交わしていた会話が、まるで嘘のように思えた。
 また他愛もないことで笑ってほしかった。
 ちょっと大人ぶった口調でからかってほしかった。
 いつもの馬鹿みたいな冗談を言ってほしかった。
「俺は……そんなもん、見たくなかったぞ」
「私のことを知ってもらいかったのよ……ねえ和樹、あれは私から頼んでしてもらったことなの。あのひとなら、どんなことでもしてあげられた。あのひとなら……あのひとになら」
 もうこれ以上、何も聞きたくなかった。俺は窓へと歩き出し、
「待って和樹! あのひとの……あのひとの代わりになってよ! あのひとみたいに、私を抱いてよ!」
 円香の叫びに足を絡み取られて、また立ち止まった。
「止めてくれよ……俺、円香のこと……好きだったんだぜ?」
「知ってるわよ! そんなの、ずっと前から知ってるわよ!」
 俺は思わず瞼を閉じ、思い切り歯を食いしばった。
「何だよ、それ。ひでえよ、円香……ひでえよ」
 今度こそ打ちのめされて、俺はよろよろと振り向いた。いつの間にか、円香も立ち上がって俺の方を見ていた。
「和樹になら……和樹になら、分かってもらえると思ったのよ」
「分かんねえよそんなの!」
 喉も裂けよとばかりに叫んで、俺は頭を掻きむしった。そんな俺を見て何を思ったか、円香はパジャマの前に手を掛けて、ボタンをひとつひとつ外し始めた。
「止めろよ、円香……止めろ」
 円香は何も言わずパジャマの上下を脱ぎ捨てると、少し屈んで、最後に残ったショーツを降ろしていった。俺は円香の裸身から必死に目を逸らし、自分の部屋へ逃げ出そうとした。
「待ってよ! もう和樹しかいないの! でないと私、これから街に出て……知らない誰かに抱かれるよ」
 クソ、クソ、クソ。混乱し切った頭の中で何度も何度も叫び、
 俺は振り返りざまに、円香を力一杯抱き締めた。テーブルを蹴り退けて場所をつくると、柔らかな身体を荒々しく床へと押し倒す。
「かず……」
 俺の名を呼ぼうと開いた円香の唇に、俺はぶつけるように乱暴なキスをした。それは生まれて初めて経験したキスだった。いつの間にか、自分で口の中をどこか噛み切っていたらしく、
 そのキスは、鉄臭い血の味にまみれていた。


(next)
(back)
inserted by FC2 system