『レディメイド・クロウジーズ』 04

「聞いたわよ、和樹。理美ちゃん泣かせちゃ駄目じゃないの」
「……何で円香がンなコト知ってるんだよ、おい」
「ふふ、知らいでか。女子高生の口に戸など立てられると思うな」
「何だそりゃ。つうか、もう広まってんのかよ……」
「当然ね。で、何で断わったわけ? 和樹が女の子から告白されるなんて、後にも先にもないことでしょ。こんな機会、きっと一生の間でこれっきりだと思うんだけど」
「……めんどくせーんだよ。恋人同士なんぞになって、デートとか何とか気を揉むより、俺には友達みたいな気楽な関係のパートナーシップが欲しいワケ。わかりますか貴女」
「あら、それって遠回しに私のこと言ってる?」
「そんなわけねーだろ、馬鹿。円香とは単なる腐れ縁。以上」
「む、実も蓋もないわね。けどまあ、そんなもんか」
「当たり前だろ」

 当たり前じゃなかった。全然、当たり前じゃなかった。

 円香の鼻から苦しげな呼気がこぼれ出て、俺の頬をくすぐった。初夏の気温に比べても生ぬるい、じっとりと湿った空気だった。
 俺は激情にまかせて円香を押し倒すと、その唇を強引に奪った。キス。キス。キス。思っていたよりずっと固い唇。どう扱っていいのか分からないまま、俺は強引に舌をねじ込んでいく。俺の口の中から染み出た血の味と混ざって、憶えのないぬるぬるとした感触があった。円香の唾液なのだと気づいて、俺はそれを啜り上げた。
「……んんぅ、んう、んんんッ!」
 床の上に押し倒した円香の裸身は、驚くほど柔らかかった。抱きすくめている俺の方が吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚さえ感じたほどだ。
 息苦しくなって唇を離すと、円香は深々と息を吸い込んだ。そのもの言いたげな視線にも構わず、俺は乳房に手を掛けた。幼い頃に何度か目にした平坦な胸の面影は跡形もなく、ふたつの胸の膨らみは十二分に女性らしいラインを描き出していた。初めて触れるその乳房は、俺の掌に吸いつくみたいに滑らかな感触だった。
 ふと尖った乳首に手が触れた。そのときの俺はまだ、雑誌なんかで仕入れた「乳首が勃っていれば女は感じている」なんて馬鹿げた大嘘を真に受けていて、両手に掴んだ乳房を必死に揉みしだいた。
 ふとスクラップブックの写真が脳裏に浮かぶ。あの従兄も、円香の胸をこんな風にしたのだろうかと思い始めると、俺はもう嫉妬心を抑え切れなくなった。
「い、痛いよ、和樹。痛いよっ」
 聞こえない。聞こえない。
「お願い……そんな、乱暴にしないで」
 うるさい俺に指図するな。
 すっかり頭に血を上らせた俺は、やっとのことで餌にありついた野良犬みたく必死な有様で、円香の身体を押さえ込み、握りつけ、捻り上げ、舐め回した。何度か円香が抗うような言葉を放ったが、俺の耳には届いていなかった。いや届いていたのかもしれないが、だとしても、それを聞き入れられるような余裕なんかなかった。
 俺は円香の股間に指を伸ばす。薄い陰毛を掻き分けたその先に、肌とは明らかに異なる肉が触れた。未だ経験したことのない触感に慄いて、俺は思わず手を引いた。想像の中でなら、今までに何度も貫いてはずの、円香のそこ。一瞬の躊躇があって、
 ──でも俺以外の誰かが、とっくに何度も何度も弄り回してる。
「なんだよクソ……っ!」
 俺は人差し指を伸ばして、円香の中へ勢いよく突き入れた。指が根元近くまで、あっけないほど簡単に呑み込まれると、喘ぐような声とともに円香の背筋が反り返った。意外な熱さをもったぬめやかな粘膜が、緩やかに俺の指へとまとわりついてくる。
 濡れてる。俺は殴りつけられるような衝撃を覚えた。頭の中で、混乱と興奮と激情とが混ぜこぜになって急激に膨れ上がり、今にも破裂しそうだった。いったいどうしてこんなことになってんだ? 俺は自問する。なんで俺は、ついぞ先日までつまらない冗談ばかりを言い合ってた仲のいい(はずの)幼馴染を押し倒してまんこに指なんか突っ込んでる? そりゃ違うだろ? 俺、お前を好きだったんだろ? お前もなんで濡らしてるんだよ円香?
 いや違う違う違う違う。
 俺だって、円香とセックスしたかった。夜毎の妄想の中で、俺はいつも円香に卑猥な格好をさせ、淫らがましい台詞を吐かせ、中途半端な知識に思いつく限りの体位で貫いていた。いつか恋人同士になったら、そうできるかもなんて思いながら。
 あのスクラップブック。
 俺の頭の中にも、あれと同じものが確かにあった。
 気がつくと円香の体奥から染み出してくる愛液は、量と粘り気を増していた。根元まで突き入れた指をずるりと抜き出すと、円香は困惑を堪えるような弱々しい声を、しかしはっきりと俺にも分かるほど艶めいた声を、そっと漏らした。
 セックスする。仲のいい幼馴染と。俺の好きな円香と。
 俺は慌しくズボンとトランクスをまとめて脱ぎ下ろし、仰向けになった円香の両膝に手をかけて、大きく股を割り開いた。真っ白な腹からか黒い陰毛、そして零れる愛液にてらてらと光る秘所まで、俺は執拗に視線を巡らせる。非現実的な光景に見えた。興奮で鼻の奥がちりちりした。
「和樹、和樹」
 見たこともないような潤んだ目で、円香が俺の名前を呼んだ。俺はもうとにかく円香の中に突き込もうと自分のペニスを掴み、
 そしてやっと、それが硬くなっていないことに気づいた。
「え、あれ、どうしたんだよ。なんで」
 どう引っ張ってみても握ってみても摘んでみても、俺のペニスはまったく勃起しようとはしなかった。異常といえば異常な、降って沸いたような現在のシチュエーションに辟易でもしてしまったかのように萎え縮こまり、何の反応も返しはしなかった。
「かず、き……?」
 円香の顔に当惑の色が浮かぶ。ああ俺は今どんな間抜けなツラを晒してるんだろう? 何を言っていいのか分からず、
「あのな、円香。ダメみたいだわ、俺」
 からからに渇いた舌を動かして、やっとの思いでそう呟く。
「ごめんな、ごめんな」
 なんで謝ってるんだよ俺。羞恥からか悔しさからか、どちらとも判然としない感情に頬を火照らせながら、俺は円香の上から必死に後ずさり、ズボンとトランクスを引き上げる。
「かず……」
「ごめんな」
 俺は逃げ出した。カーテンを引き開けベランダを飛び越え、自室に飛び込んで窓を施錠する。そのまま俺はベッドに倒れこんで布団を引っかぶり、丸く丸く丸くなって、

 そして泣いた。


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