『アップダウン・インサート』 後編

 軽やかな目覚ましのベルが、その日の始まりを告げる。
 だらだらと起き上がった上村・下田両家の人々は、四人同時に手を伸ばして四つの目覚ましを同時に沈黙させると、あくび交じりの腑抜け切った声で挨拶を交わした。
「「「「おおおおははははよよよよううううごごごご(以下略)
 ブラインドを上げると、今日はやけに朝日が黄色い。
 四人は裸のまま寝室を出て浴室へ向かい、時間が惜しいので四人同時にシャワーを浴びて、汗や涎や愛液や精液や蜂蜜や溶けた蝋やスライムで汚れた身体を気だるげに洗い流した。
 綺麗な身体になった四人は、しかし面倒なので裸のまま食卓へと向かった。夫たちはキッチンへと向かう妻を見送りながら、
「あー、新聞取りに行けませんねえ」
「面倒くさいから、もういいじゃないですか」
「それもそうですね。はあ」
 などとやるせない応答を交わしつつ、虚脱した顔を見合わせる。その拍子に何かを思いついたのか、夫たちの視線がふと重なった。

 妻たちは五分も経たずにキッチンから戻ってきた。
 手に持ったトレーの上にはシリアルとポタージュスープ、そして申し訳程度に切り分けたチーズとセロリが載せられている。
「ちゃんとした朝御飯作ろうかな、とか思いもしたんですけど」
「やっぱり何だか面倒くさいから簡単なヤツで」
 などとやるせない宣告を放ちながら、妻たちも食卓に着いた。
 面倒くさそうに作られた朝食を面倒くさそうに食べ終わった四人は、さも面倒くさそうに手を合わせて、
「「「「ごごごごちちちちそそそそううううささささ(以下略)
 食後の珈琲は用意が面倒なので今朝はパスしよう、という結論を出した後、夫たちは「ちょっと話があるんだけど」と口を開いた。
「なんです?」
「いやあのね。昨夜のあれは思ってたよりずっと楽しかったから、もしよかったら今夜もどうかなって話してたんだけど」
 妻たちは意外そうに顔を見合わせて、くすくすと笑い合うと、
「あらあら……それはいいアイデアですね」
「あたしも楽しかったし、全然構いませんよ」
 それぞれ夫の申し出をあっさりと快諾した。すると夫たちは安堵したかのように(裸の)胸を撫で下ろし、更なる意見を提示する。
「あ、それでね、今夜はちょっと趣向を変えてみたいと思って」
 夫たちは何やら、妙な目配せをちらちらと交し合った。
「その、今日は男同士と女同士で組み合わせると言うのは……」
「……は?」
「いやその、だからつまりだね、」

 男×男。女×女。一瞬、ものすごく危険な沈黙が流れて、

「ばばばばっ、ばきゃもの〜ッ!」
「あやまれよっ、世の中にあやまれようっ!」
 誰のものともつかぬ絶叫が生じ、家全体が激しく鳴動する。
 嗚呼、上村・下田二世帯住宅は、今日も平和である。

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